
レクチンは糖鎖を特異的に認識して可逆的に結合する(共有結合を切らない)糖結合タンパク質(レクチン自身が糖鎖を持つこともある)で、糖鎖を認識する抗体は含まない(1)。レクチンと糖鎖の反応の第一段階であるリガンド結合は、糖鎖に対する酵素の場合と似ているが、それ以降のステップは酵素の場合と異なる。なぜなら、酵素の作用と異なり、レクチンと糖の複合体が形成されても、その後で糖リガンド内の共有結合が切れたり、複合体が再び解離したりすることがないからである。
レクチンは植物で幅広く分布している(2)。したがって、植物を基本とする食料や食餌はほとんど全て、かなりの量のレクチンを含み、なかには、腸の機能に対して著しい生物活性を示すものもある。一般的にレクチンは他の植物タンパク質に比べて熱による変性に強いが、マメ科のレクチンは穏やかに長めに調理すれば不活化できる。しかし、熱処理には経費がかかり、素材を損なう可能性も高いので、マメ類でさえもできるだけ短時間の熱処理で済まされる。特に、動物の餌にするときはそうなりがちである。さらに、多くのマメ類に由来しないレクチンは通常の熱処理では失活しないし、緑色野菜や果物は調理されないことが多いので、消化管は常に生物活性を持ったレクチンにさらされている。しかも、調理や他の加熱処理は人類の文明によって最近なされた発明だから、食物中のレクチンにさらされることは、ヒトや他の高等動物の消化管が進化にともなって発達してきた過程に重要な意味を持っていたに違いない。レクチンは消化管の表面上皮と反応するので、特に大量に摂取すると、反栄養的な効果、弱いアレルギー性の効果、あるいは他の潜在的な効果をヒトや他の高等動物に対して示す(2)。こういった、食物と腸の相互作用、代謝に対する影響の正確なメカニズムを理解することは非常に重要である。しかし、レクチンの腸への作用を調べた結果、少量のレクチンの経口摂取は、腸の消化吸収の効率や、免疫系、細菌の環境に様々なよい影響を与えるということ、また、腸ホルモンの分泌を調節することにより体の内分泌系システムに影響を与えて、全体の代謝に有利な結果をもたらすレクチンもあるということがわかってきた(3)。こういった広範囲な応用が期待できることから、食物の栄養価と安全性の両方を高めるために、レクチンが実用的で最も自然な手段を提供しうることが明らかになりつつある。
高等動物よりも昆虫に対してはるかに強い毒性を示すレクチンが存在することが最近わかり(4)、レクチンには様々な潜在的用途がありうるとの認識が高まっている。ある種の作物が害虫に抵抗性を示すのは、構成成分として存在するレクチンが、その虫の消化管の細胞表面の分化が十分でない糖鎖と強く相互作用するためであるとも考えられる。この結果、昆虫の腸において食物消化のプロセスが強く阻害され、虫は生存や繁殖に重大な影響を受ける。このような理由で、天然の殺虫剤だと考えられているレクチンがある。さらに、遺伝子工学技術の到来により、本来はレクチンを持たない植物にレクチン遺伝子を導入し、虫害に弱い貴重な穀類を化学殺虫剤を用いずに害虫から守ることが可能になった(4)。
食物中のタンパク質は、腸を通過するとき、小腸の消化酵素によって素早く分解される。消化しきれなかったものは大腸の微生物により分解され、エネルギー源となる。反対に、レクチンは小腸における分解に抵抗性を示し(5)、さらに、ほとんどの腸内細菌による分解に対しても抵抗性を示す。それゆえ、ほとんどのレクチンが、消化管を通過しても少なくとも一部が免疫学的にも機能的にも無傷のまま生き残り(表 I)、その強力な生物活性をin vivoで発揮しうる。ホルモンや増殖因子が受容体に結合すると、安定性が増すように、レクチンも受容体に結合すると保護される。しかし、必ずしも受容体結合しなくてもよいようであり、一時的に経口摂取されたマツユキソウGalanthus nivalis の球根の凝集素(GNA)が腸壁に結合しなかったが、ほぼ無傷であったという例がある。消化に対する抵抗性は分子構造の特別な性質によるのかもしれない(6)。
腸上皮の正常なターンオーバーの一段階として、細胞は絨毛の先端からはがれて内腔に落ちて、細胞由来の物質はほとんど消化され再利用される。レクチンがこういった細胞に結合していても細胞の内容物の分解を邪魔することはないが、自由になったレクチンは腸内をさらに移動して、適当な糖鎖を持った次の受容体に結合できる。レクチンの結合は小腸において最も詳しく研究されているが、似たような結合は消化管全体(胃から結腸にいたるまで)のどこでも起こりうる。ただし、機能が異なる腸の各部位では表面の糖鎖も異なるので、レクチン結合も消化管全体で一様ではない。それゆえ、ある種の糖鎖が小腸の表面には存在せず、大腸の上皮に存在するならば、特異的なレクチン結合はもっぱら結腸壁で起こることになるし、その逆の場合もありうる。したがって、レクチンをうまく選べば、腸の部位を選択して代謝に影響を与えることも不可能ではない。
熱に対してある程度安定なレクチンが存在し、そのほとんどは腸を通過しても活性を維持するので、食物中のレクチンと腸の相互作用は時に劇的な結果をもたらすこともある。動物実験から、レクチンが腸に傷害を与えてさまざまな栄養障害をもたらす例が知られているが(2)、これは食物中にレクチンがかなり多く含まれる場合にのみ見られるということはあまり知られていない。一方、レクチンは、食物中の含量が低い場合、生体にとって有益な効果を持つこともしばしばあり、医学的臨床的に応用できるかもしれない(3)。
B-2. 腸の表面の糖構造腸の上皮表面は広範囲にわたってグリコシル化されている(7-10)。その主な理由は、ホルモン受容体や増殖因子受容体、輸送タンパク質、刷子縁の酵素などの膜タンパク質のほとんどが、刷子縁膜に埋め込まれる以前にグリコシル化を受けるからである。
それに加えて、膜の脂質やガングリオシドもグリコシル化されているし、分泌されるムチンもすべて糖鎖が沢山ついた糖タンパク質である。したがって、一口にレクチンと腸の相互作用といっても広範囲にわたる。しかし、こういった反応が起こるには、腸の粘膜の表面に適切な、すなわち、問題としているレクチンが特異的に認識する糖構造が存在しなければならない。それゆえ、消化管表面が高度にグリコシル化されているといっても、すべてのレクチンが上皮と反応するとは限らない。たとえ反応するとしても、特定の糖受容体を認識して結合する能力は様々である。さらに、糖構造は様々な要因によって変わりうる。たとえ同じ動物種であっても、年齢、血液型の特異性、遺伝的要因、粘膜細胞の細胞型や分化成熟における段階、絨毛から陰窩へ向かう座標軸上でどの位置にあるか、胃から腸にかけての位置などによって、それぞれの糖構造は異なるのである(表 II)。例えば、分化が進んでいない陰窩細胞の膜タンパク質の糖鎖は通常高マンノース型であるとされているが、絨毛まで達した成熟細胞は複合型の糖鎖を発現している。
小腸の上皮は上皮腸細胞の単層からなっている。その主要な機能は食物を消化し吸収することである。このすきまに副次的な細胞が点在している。ムチンを産生する杯細胞と腸のペプチドホルモンを合成する腸分泌細胞である。小腸の上皮は機能的にも形態学的にも異なった2種類の部分から組織されている。陰窩(幹細胞が増殖分化する)と絨毛である(分化した細胞が絨毛の先端へ向かって移動しながら成熟していく)。陰窩から絨毛へ向かって移動していく間に細胞膜は連続的に変化していく。タンパク質の組成、酵素の発現パターン、活性、構成物質のグリコシル化の段階などは、 分化のうえではっきり異なっている。成熟細胞が絨毛のアピカル側にたどりつくと、最終的に内腔に押し出される。
細胞表面タンパク質は全て、合成された場所から形質膜へ運ばれなければならないので、グリコシル化のいくつかの段階を通らなければならない。しかし、膜上の複合糖質のグリコシル化のパターンは種類によって異なる。確かに、膜のグリコシル化に多様性があるということで、なぜ腸表面と相互作用する能力がレクチンごとに違うのか説明できそうである(6)。しかし残念ながら、腸表面受容体の正確な糖構造、その陰窩絨毛軸上での分布の状況、正常にターンオーバーしているときと、年齢や食餌状態が変わったときでの糖鎖の変化などについて定量的な情報は今のところきわめて少ない。しかし、腸管の上皮細胞のターンオーバーの速度は体の中でも最も速く、食餌の変化に迅速に対応できる。さらには、腸表面の形態や受容体の変化は、その変化をもたらした原因を忠実に反映している。レクチン組織化学によってレクチン受容体の分布やレクチン結合能を調べれば、腸の機能がどうなっているのかについて有益な情報が実際に得られる。
B-3. レクチンによって誘導される細胞の物質代謝の変化細胞膜上の受容体はグリコシル化されているので、あらゆる種類の細胞において、レクチンは内在性の増殖因子やホルモン、サイトカインと似た効果を示すことが多い(2)。受容体タンパク質は複数のサブユニットからできているのが普通である。シグナル分子は細胞膜の外側に露出しているサブユニットに結合するが、このサブユニットはグリコシル化されている。それ以外のサブユニットは膜を貫通し、シグナルの伝達やセカンドメッセンジャー系の活性化に関わっている。受容体に付加している糖構造が、受容体分子の活性中心やその近傍に存在する場合もある。レクチンが結合する部位(糖側鎖)が、受容体の本来の機能的結合部位でないことは明らかであるが、膜に埋め込まれた受容体サブユニットに活性化の原因となったのが、生理的リガンドであろうとレクチンであろうと関係なく、同じようなコンホメーション変化とそれに付随する情報伝達を誘導することもあり得る。その場合、レクチンは天然のリガンドの効果を模倣して、生理的な応答を引き出すことができる。その一方で、受容体に結合したレクチンがコンホメーション変化を誘導する代わりに、受容体の活性部位を物理的に阻害して天然リガンドの生理的な効果を弱めたり、あるいは完全に消失させたりすることもあり得る。いわゆる「マイトジェン活性を持たないレクチン」はおそらくこの部類に入るだろう。細胞外の受容体サブユニットにレクチンが結合し、アロステリックなメカニズムにより、天然のリガンドの効果を相加的または相乗的に増強する場合もある。
B-4. 刷子縁膜との相互作用レクチンが生物活性を示すためには、そのレクチンに特異的な糖構造が腸の表面に存在し、しかもフリーでなければならない。レクチンと糖との相互作用は鍵と鍵穴に例えられる。レクチン(鍵)とその受容体(鍵穴)の両方が存在すれば、結合は直ちに起こり、レクチンは扉を開けて情報を伝えることができる。これはセカンドメッセンジャーを介したり、レクチン自身が細胞内に入ることで行われる。いずれにしても、レクチンは腸の上皮細胞の代謝活性に影響を与えることができ、他の細胞に対しても同様だろう。
レクチンと受容体との間で認識は瞬時に起こる。しかし、結合の強さはレクチンと糖との間の結合定数や、占有されていない受容体結合部位の数に依存する。もしレクチンに正しく対応した糖鎖が多ければ、レクチンは十分に結合してその糖鎖を架橋するだろう。結合できる部位がほとんどなく特にそれらが離れて存在するときは、結合は非常に弱いか起こらない。さらに、上皮細胞に強く結合するレクチンはどれも容易に細胞内にとりこまれたり、細胞を横切ったりする。しかしこのプロセスに必要なシグナルはよくわかっていない(6)。.
刷子縁膜に強く結合するレクチンは腸にとって強い増殖因子である(2、5)。 実際、増殖刺激には上皮へのレクチンの結合が必須であり、主に、レクチンの結合の強さによって増殖因子としての活性が決まる(6)。それゆえ、インゲンマメ(Phaseolus vulgaris)凝集素PHAは最も結合が強く、腸の増殖因子として最も活性が強い(5、 6、11)。PHA刺激による増殖の際には、絨毛の長さが大きく影響を受けることはまれだが、陰窩の大きさや、その中の細胞数、陰窩細胞産生速度(CCPR)は有意に増加し、PHAに長くさらしておくと、細胞のターンオーバーの時間が72時間から12 時間へと減少する。しかし、絨毛における増殖細胞の移動が速くなっても、この細胞が分化に要する時間は変わらない。その結果、絨毛では未成熟細胞(タンパク質や酵素のパターンが未成熟細胞に典型的なもの)の割合が増加する。それは成熟のマーカー酵素[ジアミンオキシダーゼ(12)や、腸組織のスクロースイソマルターゼとアルカリホスファターゼ(未発表)など]の量や活性が減少することからはっきりとわかる。その結果、細胞が食物を消化吸収する能力は弱まっている。
他のレクチンでも似たような変化が起こりうる。しかしこれはレクチンの結合活性の強さに依存し、それに増殖因子としての有効性も関係している。結合が割合に弱いときも、レクチンは表面受容体を架橋して上皮膜の構成を乱し、腸の成長を多少なりとも誘導しうる。
成熟ラットでは刷子縁膜上に末端マンノース残基が露出していることはほとんどない(7)。それゆえ、空腸の上皮が突然マンノース特異的なGNAにさらされたとしても、結合するものはわずかで、増殖も起こらない。おもしろいことに、タチナタマメ(Canavalia ensiformis)から得られるコンカナバリンA(Con A) は、糖特異性が似ていて、GNAよりもいくぶん強く反応するが、結合がまばらなのでわずかしか増殖させない(7)。その一方、主に複合型糖鎖が発現している内腔表面ではPHAが顕著に結合する。刷子縁膜の腸細胞では混成型糖鎖にN-アセチルグルコサミンが存在するので、コムギ(Triticum vulgare)胚凝集素(WGA)も強く結合し、エンドサイトーシスされるが(7、13)、これは特に絨毛の中央部で起こる(絨毛の下部でも起こる)。
B-5. 胃と腸における結合とエンドサイトーシスモデル系の実験からほとんどのレクチンでは、その特異的リガンドとの反応が酸性pH(pH 3以下)で失われることがわかっているが、胃の上皮では内腔のpHが3以下であってもレクチンは明らかに結合することが in vivo 実験で示されている(14、15)。ラットで餌にレクチンが含まれると、胃が空になるスピードが遅くなることをこのことである程度説明できるかもしれない。
腸細胞へのレクチンの結合とエンドサイトーシスは腸全体で起こるが、小腸におけるエンドサイトーシスは、共生細菌が大量に存在するときにのみ認められる。細菌の数が多い結腸で、レクチンのエンドサイトーシスがより顕著なのは予想通りである(14)。それゆえ、レクチンを結腸の上皮へ部位選択的に薬物を運ぶ、ターゲティングのための道具として利用することも考えてよいだろう(16)
B-6. 腸の免疫系への植物レクチンの効果非常に消化のよい食物タンパク質に対しても、腸の免疫系はI型の即時型過敏反応を起こす。もっと安定で、刷子縁細胞に持続的に結合するレクチンに対するアレルギー反応がもっと強く出てもおかしくない(2)。それゆえ、PHAに対する腸のアナフィラキシー反応 (胃内に1回レクチンを投与したラットの腸にもれてくる125I標識した血清タンパク質で測定する)は最初の投与でも認められる。こうした血管透過性の増大はIgEを介するものではなく、PHAによる粘膜下組織中の肥満細胞の直接の脱顆粒(17)と、多価性のPHAによる膜グリカンの架橋による。しかし、PHAをあらかじめ与えておいたラットでは、アレルギー反応が増強された。これはPHAに対するIgEが作られたことを示唆している(17)。
小腸上皮細胞の膜あるいは細胞質にある糖タンパク質のグリコシル化の状態が、レクチンにより変化させられるが、これはレクチンの特異性と結合の強さにより大きく3タイプに分けることができる。
C-1. 陰窩細胞産生速度 (CCRP) の増加がグリコシル化に与える影響小腸に強く結合し迅速にエンドサイトーシスされるレクチンにさらされると、コントロールのラットの充分成熟したアピカル細胞にくらべ、刷子縁細胞のグリコシル化のパターンははっきりと異なってくる。GNA-ジゴキシゲニンを用いた組織染色により(7)、膜と細胞質両方の複合糖質に、ポリマンノースが特に多量に露出されてくることが容易に検出できる。レクチンによりCCPRが増加し、それに呼応して移動時間が短くなり、陰窩細胞の成熟が充分でなくなり、より高度にポリマンノシル化され、正常な生理的条件に比べて絨毛上をより高くまで進む、というスキームが考えられる。レクチンの反応性が高まるほど移動時間が短くなり、その結果、上皮表面の未成熟細胞 (細胞の糖タンパク質により多くのポリマンノース側鎖を持つ)がより多くなるのである。それゆえ、増殖刺激の効率が最も高いレクチンは、腸上皮の糖受容体発現におけるこういったタイプの変化の誘導においてももっとも強い作用を持つ。
C-2. 分泌された糖タンパク質とのレクチンの反応ニワトコ(Sambuccus nigra)樹皮のレクチンSNA-IやMaackia amurensisのレクチンMAAなどのように、分泌された糖タンパク質のシアル酸と反応するレクチンは、杯細胞のムチン合成を過剰に刺激して、合成能を疲弊させることにより受容体のグリコシル化に変化を誘導できる(7)。これらのレクチンの作用により、ラクトースにノイラミン酸がα2, 6結合またはα2, 3結合した糖構造を持つムチンの「受容体部位」が部分的に消失し、その結果、内腔の表面が部分的に露出するといったことが起こりうる。それゆえ、食物中のこれらのレクチンに持続的にさらされると、腸上皮のSNA-IやMAAに対する反応性がほぼ完全に消失する。末端シアル酸を介したダイズ(Glycine max)凝集素SBAのグリカンへの結合はそれに比べると弱いので、末端シアル酸を持つムチンが除かれるとSBAの結合量は増大する。
C-3.食物中のレクチンによる内在性リガンドの置換内腔に存在する受容体の糖部分に結合した内在性のリガンドを取り除くことにより、レクチンは膜の糖グループの利用度を変えることができる。それゆえ、小腸の刷子縁へのGNAの結合は、通常の微生物叢を持つラットでは実質的にゼロであるが、無菌の動物では有意に見られる(7)。このことは、大腸菌や他のマンノース感受性采状細菌が表面の限られた数のマンノースグループをブロックできるが、このマンノースグループは内腔に細菌がいなくなるとフリーとなるという事実を反映しているのかもしれない(6、 7)。ただし、ラットにGNAを含む食餌を与えていて内腔のレクチン濃度が高いときには、新しく出てくる上皮細胞は、細菌よりもむしろGNAを結合するのかもしれない。
C-4. 増殖刺激による栄養上の不利益腸において細胞が増殖すると動物にとって栄養上は不利益を被ることになる。というのは、腸の表面を通常よりも速く新しくしなければならないということは、速くなった代謝回転を維持するために食物中のタンパク質とエネルギーがより多く消費されることを意味するからである(18)。しかし、食物中のレクチンが除かれた後、新しい腸表面で吸収効率を増大することによりこの不利益は相補されるかもしれない。小腸に対して強力な増殖因子となるレクチンでは栄養上の不利益が見受けられる。こういったレクチンを大量に摂取すると、ほとんどの、場合によっては全ての食物が腸だけで使われ、その結果、他の臓器では栄養分が枯渇する。ただし、通常は食物中からのレクチンの摂取は少ないので、レクチンの増殖刺激活性は栄養摂取に不利益となるような効果を示さない。
口から摂取すると、有毒だと一般的に考えられてきたレクチンは、それ自体が有害なのではなく、ほとんどの場合、腸内細菌と相互作用した結果、有害となることが最近明らかにされた(19-24)。PHAや他のいわゆる「有毒な」レクチンは、通常の腸内細菌を保持しているラットと同様に、無菌的なラットの上皮に強く結合し、小腸の増殖を刺激するが、無菌的なラットには実質的に無害である(2、19、20)。通常の腸内細菌を持つ動物に大量にPHAを摂取させると、毒性が見られるのは、おそらく、PHAによって小腸内の特定の細菌の過度な増殖が刺激されるからだと考えられる。この毒性は、PHA、そしてたぶん、細菌またはその毒性代謝物や毒素に対する、上皮細胞のエンドサイトーシスが増すと悪化する。細胞を横切って取り込まれると、こういった毒素は血流中に入り、生命維持に不可欠な生体機能を止めてしまうことにより毒性を発揮するのかもしれない。さらに、体のホルモンバランスを妨害したり、代謝反応を阻害したりするかもしれない。
D-1. レクチンの腸内細菌との直接の相互作用消化管の中で生息している細菌の中には、レクチンが直接相互作用して凝集させ、選択的に内腔から取り除かれるものがある。それゆえ、こういったレクチンを含む食物は、腸内の細菌分布を変えることもある。しかしながらレクチンは、上皮細胞のターンオーバーを速くすることにより細菌の刷子縁への接着を阻害することもあり、受容体のグリコシル化を変えることにより特定の細菌の結合部位を効率的に取り除くこともある。
D-2. レクチンによって誘導される小腸における大腸菌群の過剰な増殖ラットの腸から単離したマンノース感受性の1型采状大腸菌を食餌を変えることなしに口から与えても感染させられないことから、健康で食餌も十分に与えられたラットでは、腸内細菌が安定であることがはっきりとわかった(24)。1 mlあたり108から109個の生きた大腸菌を含む肉汁をラットに6日間食べさせても、小腸全体での大腸菌群の数は103から104個とコントロールレベルのままであった。その反対に、食餌中にPHAを与えたラットの小腸では、はっきりと有意に、濃度依存的に、そして有害性を示すぐらい、しかし完全に可逆的に大腸菌が過度に増殖していた(表 III)。この選択的な過増殖の大腸菌源は共生している腸内細菌であった。高濃度のPHAでも非ラクトース発酵大腸菌群(主にProteus属)がわずかに増加しており、Lactobacillus属やBacteriodes 属はPHAの濃度を最高にしてもほとんど変わらなかった。増殖している大腸菌は小腸の糖衣に強く結合しており、小腸切片を単に洗っただけでは除くことができず、洗浄緩衝液にマンノースを加えて初めて取り除くことが可能となった。このことは、細菌のレクチンが小腸上皮への接着に関与していることを示す有力な実験上の証拠となる。
共生するマンノース感受性の1型采状大腸菌の小腸における過増殖は、強く結合する他のレクチン、例えば、SBA、WGA、Robiniaレクチンなどによっても誘導される。もっとも、同じ効果を得るには、結合がPHAよりは弱い分を補うために量を増やさなければならない。 形態学的な研究から、小腸における大腸菌の過増殖は、強い増殖因子活性を持つレクチンのみが起こせることが確かめられた。先に説明したように、健常なラットでは、絨毛の上皮においては、高度に分化した成熟腸細胞が主要なものとなる。この細胞は複合型の糖鎖を発現しており、膜でも細胞質でも複合糖鎖の末端にα結合したマンノースがみられることはほとんどない。それゆえ、正常ラットの小腸では、残存するマンノース感受性の1型采状大腸菌の数は少ない。このことは、GNA結合活性がほとんど見られないのに、PHA反応性が高いことからも確かめられる。しかしながら、PHAによって誘導される大腸菌の過増殖の後、α結合した末端マンノースはおびただしい数となり(GNA反応性が強くなることからわかる)(7、 24)、刷子縁が細菌に対する受容体を供与できるようになるので選択的な増殖が続いて起こる。この過増殖は可逆的である。なぜなら食餌中からPHAを除く,と3日以内にマンノース残基が消失するからである。
レクチンによって誘導される大腸菌群の過増殖は、実験室内の条件でのみ起こるわけではない。小腸上皮に傷害が起こると自動的に、被害を埋め合わせするために増殖が刺激される。その傷害の原因が食餌あるいは細菌のレクチンであろうが、あるいは他のびらん性の因子でも病気でも関係ない。このような条件下では、ポリマンノースを持つ膜あるいは細胞質グリカンを発現している未成熟細胞の割合が必然的に増加し、大腸菌群が過増殖する。結果として起こる下痢や他の消化吸収障害は通常、最初に起こる腸のダメージをいっそう悪化させる。これが、第三世界の国の子供達のように栄養不足を伴うと、深刻で広範な健康障害に至ることがあり得る。
D-3. 食餌中のレクチンを用いた、病原体の腸への集落形成の阻害(化学的共生)小腸における細菌の過増殖は、病気や、家畜の生産性の低下の主要な原因である。抗生物質による制御はいつも可能とは限らない。なぜならば抗生物質耐性を生じさせるかもしれないからである。糖や複合糖質の投与により小腸の有害な細菌を減らすという方法もあまり効果がない。その一方、GNAや他の無害のレクチンはラットの小腸において1型の大腸菌の過増殖を阻害するのに高い効果があった(表 IV)。ただし、阻害作用を持つレクチンの糖特異性が細菌のアドヘシンと相補的であった場合のみ有効であった(24)
毒性を持たないレクチンは抗生物質にとってかわれる優れた候補である。なぜなら、レクチンは食物の中に加えて投与することができるので、病原体の感染を最も自然にコントロールできる手段となりうるからである。それゆえ、レクチンを研究し、腸の中において細菌の接着を阻害(化学的共生)できる能力を検索することは、究極的には、腸の疾病防止の戦略の発見や食物の安全性の向上に至るだろう。
レクチンは2つの異なった(しかし同時に働いていると思われる)メカニズムにより全身の代謝に影響を与えうる(2)。レクチンは、腸の神経内分泌細胞に結合して、腸のペプチドホルモンの体循環への分泌を刺激することにより、体の内分泌系に間接的に影響を与えることができる。一方、レクチンは腸壁を通って血液循環に運ばれ、内分泌性のホルモンの作用を模倣することにより、末梢組織や体の代謝に直接影響を与えることもできる。最も影響を受けやすいのが膵臓、骨格筋、肝臓、腎臓、そして胸腺である(25)。
E-1. 経口免疫食物タンパク質は大部分が小腸ですばやく分解されるが、栄養学的にはさほど重要でない量が腸と結合したリンパ組織のM細胞によって全身にわたって吸収され、マクロファージにより免疫系のコンピーテントなリンパ球に提示される(2)。こうして吸収されたタンパク質に対して大人が示すアレルギー反応は、サプレッサーT細胞により最小限度に抑えられ、体に有害な効果は、感受性の高い個体を除いてほとんど見られない。その反対に、より安定なレクチンでは内腔における濃度が高いため、腸壁を通した輸送がみられる。それゆえ、PHAは強力な経口免疫源であり、動物 (反芻動物を含む) において、力価が高く単一特異性を持つIgGタイプの抗PHA抗体を作らせる(26、27)。実際、経口的に与えられたレクチンのほとんどは免疫原性を持つという形跡もみられる(28)。最近高い力価の抗バナナレクチン(BanLec-1)抗体(IgG4)が、ヒトの貯留血液中に存在するということがわかり、この示唆をさらに支持した(29)
抗体形成の経過は通常の免疫と同様な道をたどり、最初の経口投与から10日以内には初期応答がみられる。さらに経口でとり続けると、ブースター効果が現れる。それゆえ、腸にあると考えられる抗レクチン-s-IgAシステムは効果がないに違いない。なぜならPHAの吸収を抑えることができないからである(2)。PHAに対するs-IgA応答を排除すれば、レクチンで誘導される経口投与薬物複合体を繰り返し用いることに対して障害となっている一つの原因を取り除けるかもしれない。
レクチンは他の抗原に対するIgE応答を調節できる。Con AとPHAのいずれもがマウスにおいて抗オボアルブミンIgEの合成に影響を与えるが、Con Aがほとんどの条件で(30)増強するのに対し、PHAの影響は投与の時間に依存する(31)。親にオボアルブミンを免疫したDBA/2マウスで、ジャカリン[パラミツ(Artocarpus heterophyllus)レクチン]を経口により感作すると、ジャカリンとオボアルブミン両方に対するIgE応答が、時間依存的、濃度依存的に増強された。このことは、ジャカリンがこれら2つの抗原に対する(IgG1ではなく)IgEを産生させるようなマイトジェン活性を持った免疫調節因子であることを示唆する(32)。それゆえ、IgG型の体液性抗体の合成に影響を与えることなしに、アレルゲンに対するIgE応答を弱めたり消失させるためにレクチンを用いることは、アレルギーに対する将来的な治療法として大いに見込みがある。
E-2. 食物中のレクチンの膵臓に対する影響食物中のほとんどのレクチンは外分泌性の膵臓に栄養状態の変化をもたらす。これは小腸の成長と対応している(表 V)。最もよく知られた例はPHAで、腸と膵臓の両方に対して増殖因子として働く。膵臓に栄養を与えるレクチンの効果は主にコレシストキニン(CCK)が仲介する。コレシストキニンは十二指腸の腸内分泌細胞からPHAの刺激によって遊離される。膵臓細胞の増殖は組織におけるポリアミンの代謝と密接に関係している(表 V)。しかし、レクチンによって誘導されるポリアミン依存的な膵臓の増殖のメカニズムには、ホルモンを介した経路が含まれるようである。この経路もダイズトリプシンインヒビターが刺激する経路のどちらも、コレシストキニンを介する点では共通であるが、少なくとも一部では異なるようである(33)。
膵臓からの消化酵素の分泌は慢性膵炎ではひどく減っているので、低濃度の無毒レクチンを投与して膵臓を肥大させるのは、臨床的に実用化できるかもしれない。なぜならば、トリプシンインヒビターと異なり、レクチンは膵臓のタンパク質分解酵素を阻害しないので、分泌された酵素は活性を保ち、小腸における食物の消化に貢献できるからである。
E-3. ホルモンバランスへの影響PHAは内分泌性の膵臓に影響を与え、インスリン分泌を妨害するので、体のホルモンバランスを変えてしまう(33)。SBAも膵臓に対して増殖因子として働くが、循環するインスリンレベルには影響を与えないので、その作用は外分泌性の膵臓に対してのみに限定される。
全身代謝へのレクチンの効果のほとんどはインスリンレベルの変化による。インゲンマメを食餌として与えられたラットや、純粋なPHAを管を使って与えられたラットではインスリン濃度は抑えられている。しかし、血中グルコース濃度が変化しないことからこのラットは糖尿病にはなっていない(34)。PHAを一回だけ突発的に経口投与しても、有意ではあるが、一過性の血中インスリン濃度の減少がみられるので、この減少は栄養不足によるのではなく、おそらく、インスリン合成または膵臓からの分泌(あるいはその両方)に対するレクチンの直接の効果であろう。
血中インスリン濃度の低下を補うために、恒常性維持のためのいろいろのプロセスがPHAにより活性化される。その中にはグルカゴン(2)やグルココルチコイド濃度の変化など他のホルモン濃度の変化も含まれる。それゆえ、PHAはインスリンレベルだけを調節するのではなく、体のホルモンバランスの複雑な変化も誘導できることが明らかである。
マメ類のタンパク質を食べると、血漿中や体内の脂質の濃度が下がるらしいので、人間の健康によいと一般的に信じられている。この過程にレクチンが関与しているかどうかは明らかではないが、PHAや他のレクチンが脂肪分解を強く促す因子であることは知られている(2、 35)。
E-4. 末梢器官や組織への影響骨格筋:PHAを含むいくつかのレクチンは、in vitroではインスリンの生物活性のほとんどを模倣することが昔から知られている(36、37)。PHAは筋肉細胞のインスリン受容体に結合することもできるが(2)、インスリンと違ってタンパク質合成を促進しない。PHAを経口で大量に摂取した場合(体重1 kgあたり0.5 g以上)、インゲンマメの餌を10日間与えられたラットでは骨格筋の約30%が失われた(25)。筋肉ではタンパク質合成速度が減少することが異化作用の主な原因の一つである。タンパク質分解速度は変化しないので、筋肉タンパク質が全体で見ると減少する(38)。このことから筋肉の萎縮は、インスリンによる筋肉タンパク質合成の促進効果が失われた結果として起こることが示唆される。その根拠は、インスリン受容体がPHAで阻害されるからである。しかし、筋肉の消失は、血中インスリン濃度の低さから予想されるほど顕著ではない。なぜなら食物中のPHAにより、このことを補償するようにインスリン受容体およびインスリン感受性グルコーストランスポーターのmRNAがアップレギュレーションを受け、インスリンと受容体の相互作用の効率を高めるからである(39)。こういった補償的な変化が起こるにもかかわらず、萎縮しつつある筋肉から大量の栄養分とポリアミンが放出され、腸の増殖を助けるために使われる(40)。
胸腺、脾臓とその他の組織:栄養分にならないレクチンを大量に摂取すると胸腺と脾臓は萎縮する(2、 25)。これらの変化には非可逆的なものもあり、免疫系、特にT細胞を介する免疫に深刻な結果をもたらす。
心臓に対しても骨格筋の場合と同様に、レクチンはその重量を減らし、タンパク質合成の速度を低下させて、なんらかの影響を与えるかもしれない(38)。肝臓の重量をやや低下させるレクチンもあるが、これは主に、PHAを経口摂取させてから10日後に脂質とグリコーゲンが減少するのが原因である(2)。こうしたラットでは腎臓がわずかながら大きくなっている。しかし、こうした効果は非特異的である。なぜなら、レクチンが原因でないタンパク質損失の場合にも同じような肥大が見られたからである。こういったレクチンの効果はヒト以外の動物で見られたものであるが、そのうちのいくつかはヒトにもあてはまるだろう。
レクチンは植物では2つの役割を担っているようである。窒素の貯蔵に適していることと、防衛・防禦因子としての機能が考えられる。レクチンの主要な機能は、おそらく植物を害虫から守ることにあることがわかりはじめ、実際、レクチンの機能と植物の防衛能力には関係があるという説得力のある証拠もある。
ある特定の糖構造に特異性を持つ1種類のレクチンが、あらゆる捕食者から植物を守ることなどできないことは明らかである。なぜなら、細菌、菌類、昆虫、哺乳類などでは生物種が異なれば、表面に発現している糖構造も異なるのがふつうだからである。幸いなことに、害虫のほとんどが、ある程度宿主特異的なので、少なくとも理論的には、植物が進化の過程で「正しい」糖特異性を持ったレクチンを手に入れることは可能だった。しかし、防禦システムが効果的であるためには、植物はそれぞれの侵略者に対して異なった戦略を持つ必要があり、これは害虫と植物の両方に依存する。細菌や菌類に対しての防禦が成功するためには、レクチンはそれらが植物の組織に深く入り込む前の感染の初期段階で攻撃を止めることができなければならない。この目的を達成するために、植物表面のレクチンが細菌や菌類の細胞壁を結合する。最も適当な例は植物組織のキチン結合タンパク質であり、これにはキチン結合レクチンも含まれる。キチン結合レクチンは、菌類の胞子の発芽と菌糸の成長を阻害して植物を守る。しかし、昆虫や高等動物のような捕食者と植物との相互作用ははるかに複雑な様相を呈し、捕食者の消化管の構造と機能を完全に理解することが必要である。動物はその植物をまず食べなければならないが、食物の有害な影響がでたならそれ以上食べ続けることを断念するだろう(4)。しかし、こうした受け身の防禦は食物連鎖全体に深刻な影響をもたらす。なぜなら、レクチンは連鎖の上位で植物を消費しているヒトなどの動物にとっても有害となってしまうからである。レクチンは、昆虫の腸の細胞膜複合糖質の表面糖鎖と相互作用することにより、害虫における食物の消化と代謝を妨害し、植物を昆虫から守る。しかし、レクチンが哺乳類の腸の上皮と同じように反応したとすると、やはり栄養にはならず、ひどいときには毒になる。それゆえ、植物を食べる昆虫に対するレクチンの防衛作用と、同じく植物を利用する哺乳動物に起こりうる栄養上の問題は密接に結びついている。
植物に導入した場合、昆虫や線虫などの害虫に対しては抵抗性が増す一方で、排除する対象ではない有益な生物や環境に対しては最小限の影響しか及ぼさず、家畜の餌として害がなく、しかも食物連鎖によって人間に取り込まれようが、人間が直接摂取しようが健康上のリスクがない、そんなレクチンの遺伝子を見つけることが、現在のトランスジェニック技術の研究の目標である。
帝京大学薬学部・生物化学教室 荒田洋一郎 訳
References